ブログでいつも日記みたいなもんを書いているので、このページは久々の更新になりますが・・・。
2007年春久々に日本で長期滞在しています。

年末にローマを撤退し、ラヴェンナへ本拠地を移動する為の準備期間。幸運にも東京にて個展を開催する事になりました。日本画の表現を勉強し始めて、15年。少し頭と肩ががちがちになっていた所に、モザイクと出会い新しいコンタクトを手に入れた感覚を大事に、制作&発表したいと思っております。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

2007/3 WATANABE TAKAHIRO

ATEO  イタリア語で、無神論者の意味。
自分は平均的日本人の一人で、「仏教徒」と感じた事は、ほとんどない。外人と話をすると「日本人はみんな、仏教徒だろ??」とよく言われるけど、いつも、「んーーー自分は、無神論者だよ。」って答える。外国人の中でも、無神論者の人は、たくさんいると思うけど、それでも結構驚かれる事があります。

20代前半は、インドネシア、特にバリ島の建物や宗教にはまり(宗教にはまるって書くとなんか恐いかな?)、その後ネパールの建物を描いたりして、今は、ヨーロッパの建造物の美しさにはまっています。

バリ島の寺院をスケッチする前には、お祈りをするし、ヨーロッパの教会の中に入れば必ずお祈りをするし、正月には、神社でお守りを必ず買います。すごい罰当たりで、それぞれの宗教をその地で大切にしている方々には信じられない事で、許されない事なのかもしれませんが、自分にはとても幸せな事に感じます。
教会に飾られている宗教画や、イコンのように神を描く事はできないけど、人々が祈りを捧げる聖なる空間は、ATEOでも描けると思う。もしかしたら、ATEOでしか描けない空間もあるかもしれないと思っています。

松本徹氏著の「ローマ夢幻巡礼」のあとがきに次のような一節を見つけました。紹介します。
宗教に冷淡な、平均的日本人の一人に過ぎないから、教会を回るといっても、真似事を出る事はないだろう。
しかし、聖なる場所を回る巡礼という行為は、キリスト教や仏教などが、生まれるよりもはるか以前の昔から行われ、特定の宗教にこだわりなく、今なお行われ続けているところのものである。それだけに、異国の不信の徒にとっても、一つの確かな糸口になるだろうと考えた。